
2025年11月21日。Earth Challengeとして今回の舞台に選んだのは、僕の原点であり、ホームトレイルである飯盛山だ。
コースは四條畷神社から飯盛山山頂までの往復2.4km、累積標高約250m。それを25回繰り返すヒルリピートだ。距離にして60km、累積標高は6,500mに達する。富士山を2回登るのとほぼ同じ標高差だと考えると、その過酷さが想像しやすいだろう。
しかも今回は、極限まで削ぎ落とした装備で挑んだ。足元はSearchin‘ 0.8という、超極薄ワラーチだ。身ひとつで地球と向き合うというEarthblazerの原点に立ち返る挑戦だった。
この挑戦が難しいのは、トレイルの厳しさだけではない。いつでもやめられる環境だ。家が近く、補給も簡単、そして同じルートを何度も往復する単調さもある。心が折れたら、すぐにでも逃げ出せてしまう。そんな環境の中で、諦めずに踏みとどまり続ける精神力こそ、試される本質だった。
目標は15時間で走破すること。単純計算で1往復30〜35分ペースで刻めば、十分に届く。5往復ごとに区切り、小休憩を挟む戦略で臨むことにした。これまでの最高が5往復のトレーニング。その5倍、25往復は完全に未知の領域だった。
朝6時、夜明け前の飯盛山へ

気温9℃。まだ夜が完全に明けきっておらず、冷たい空気が登山道入口に漂っていた。僕は鳥居を前に覚悟を決める。そしてライトを握りしめ、山頂へ向けて一歩を踏み出した。
暗闇の中で走る飯盛山は初めてでどこか新鮮ささえあった。1往復35分というペース感覚を掴むため、序盤は意識的に余裕を残したスピードで進む。

山頂に近づくころには、すっかりと夜が明けて陽が昇り始めていた。登りは17分ほど、かなり良いペースを刻めている。身体は軽く、呼吸も安定している。朝の澄んだ空気の中で走る飯盛山は、むしろ心地良い時間だった。
最初の大きな壁 7〜8往復目のメンタル崩壊

順調にペースを刻んでいたはずなのに、最初の大きな壁がやってきた。おそらくこのあたりが、1日を通して最も精神的にきつい時間帯だった。
「まだこれで3分の1にも届いてないのかよ、、、」
その現実に気がめげそうになる。1往復35分ペースの維持が一気に難しくなり、この区間は1往復に45分ほどかかっていた。先を考えれば考えるほど気が遠くなる。いま目の前の1往復に全てを注ぐしかなかった。

今振り返ると、5往復ごとに区切る戦略がかなり効いていた。「あと5往復だけ」と考えれば、心の負担は少し軽くなり、集中力もなんとか保つことができた。
13往復目、父がくれた一筋の光

ついに全体の半分をなんとか越え、少しずつ気力を取り戻し始めていたタイミングで、まさかの出来事があった。父が仕事の合間を削って応援に駆けつけてくれていたのだ。その姿を見た瞬間、疲れていた身体にパワーが戻り、気持ちも一気に前向きになった。最高に嬉しかった。本当に感謝しかなかった。
その後しばらくは勢いのままペースを巻き返したのだが、少し無理をしたのか、14往復目で鼻血が出た。これは僕の身体が発する無理をしているサインだ。過去に出場してきた100マイルレースでも、レース後半で鼻血を流すことが多々あった。身体に相当な負担がかかっている証拠なのだろう。今回は大した量ではなかったので、そのまま走り続けた。

しかし脚はすでにパンパンで、緩やかな登りですら走る余裕がない。1往復35分ペースは完全に諦め、45分以内でまとめることに専念する。この時点で、目標の15時間は現実的ではなくなっていた。それでも心の底ではこう決めていた。
「何時間かかっても、最後まで絶対にやり切る!」
その覚悟だけが、僕を前へ押していた。
夕暮れの光とともに始まる後半戦!

午後4時半。山頂付近から見える夕焼けが美しく光り輝いていた。その景色に思わず「ありがとう」と呟く。残りは8往復、身も心も限界に近づきつつあったが、ようやく終わりが見えてきた。さっきまですれ違っていたランナーやハイカーたちの姿も、気づけば静かに消えていた。
やがて陽が完全に落ち、あたりはすっかりと暗闇に包まれた。ここからはナイトセクション。自分自身と向き合う、孤独な時間の始まりだ。
飯盛山からの綺麗な夜景を横目に、淡々と往復をこなしていく。不思議なことに「もうやめたい」という感情はまったく湧かなかった。登りを走る余力などとうに失われ、下りですら軽やかに走れないほど身体は疲れているのに、精神状態だけは驚くほど安定していた。

この挑戦を始めようと決めたときの言葉を思い出す。
「飯盛山を、自分の年齢分だけ往復してみたいな!」
ただそれだけの思いつきだった。どんだけキツくても、そこにやめる理由なんてひとつもなかった。絶対にやり切って成し遂げてみせる。これは自分との約束だ。
ラスト5往復 「死ぬほどきつい、そしてやり切る!」

ついに残り5往復までやってきた。時間は押しているが、ここまで本当によくやってきたと自分に言い聞かせる。身体のコンディションは意外にも悪くない。頭痛も腹痛もなく、足裏も痺れるような痛みがあるわけでもない。長時間行動に慣れている100マイルレースの経験のおかげで、眠気の心配もなかった。ただ、脚の疲労はピークに近く、ブレーキが効きにくくなっている。滑って転倒しないように一歩一歩注意深く進む。もう焦る必要はない。
安全第一で、こまめに休憩を挟みながら、最後の5往復を積み上げていく。真っ暗闇の中、幽霊や猪などの動物に怯えながら、恐怖心をごまかすために大声を出しながら前へ突き進んだ。

ふと時計を見る。もうタイムなんてどうでもいい。すでに距離は55km、累積標高は6,000mを超えている。
「やばいな、えぐっ。マジでここまできたのか、、、!」
自分でも信じられない気持ちと、静かな興奮が入り混じる。意外なほど、この鬼畜な挑戦はあっという間だった。
25往復達成! 溢れ出す感謝と歓喜の瞬間

最後の1往復、脚は限界、身体はヒョロヒョロだ。それでも前へ進む。
ゆっくりと登りながらこの1日を振り返る。本当に素晴らしい日だった。そもそも僕は、全く同じルートを繰り返すのが大嫌いだ。普通なら絶対にやらない。それでも今回この挑戦を企画し、投げ出さずに最後までやり切ろうと思えたのは、ここが飯盛山だったからだと思う。
僕の原点。トレランを始めた頃から何度も何度もこの山と一緒に生きてきた。そして僕を強くしてくれた。だからこそ、繰り返すことに意味があった。ただの往復ではなく、自分の原点に立ち返る時間になった。この挑戦を通して、飯盛山が以前よりもっと好きになった。なんて素晴らしい場所なんだ、と心から思った。
そして、出会いにも恵まれた。毎日10往復を続ける修行人のような男性、地元のトレイルランナー、優しく声をかけてくれたハイカーの方々。ほんのちょっとした会話や一言の励ましがどれほど大きな心の支えになるのか。挑戦の最中にこそ、その温かさが身に沁みた。この山で出会ったすべての人に、改めて感謝を伝えたい。
そうして一歩一歩を噛みしめながら振り返っているうちに、気づけば、ついに25回目の山頂へ辿り着いた。目の前には、いつもと変わらず佇む楠木正行像。その姿を前にした瞬間、胸の奥から自然に湧き上がってきたのは、抑えきれないほどの感謝の気持ちだった。
「ありがとうございます!!」
思わずそう声に出していた。達成の喜びもあまりに大きくて、何度「よっしゃあ!!」と言ったか分からない(笑)

身体が冷え切る前にゆっくりと最後の下りへ入った。脚はガクガク、気を抜けば転びそうになる。それでも一歩一歩慎重に。驚いたのは、足裏がまだしっかり生きていたことだ。痛みはほとんどなかった。これまでの積み重ねが、確かな耐性として現れていた。
そしてついに達成した。飯盛山25往復。

「やり切った。」
この一言で、すべて足りる。
自分との約束を守り抜いた。距離60km、累積標高6,500m、16時間37分。朝6時にスタートし、ゴールしたのは夜10時半過ぎ。最後を見届けに来てくれた母と姉の姿を見て、温もりを感じた。応援がなければ、この挑戦は成し得なかったと思う。間違いなく最高の挑戦だった。
挑戦の先で出会う『新しい自分』

挑戦することは素晴らしい、そして、それを諦めずに最後までやり切ることは、さらに素晴らしい。挑戦とは、ただ限界に立ち向かう行為ではない。そこには、自分の弱さや諦め癖、逃げ癖と真っ正面から向き合う時間が必ず訪れる。その奥には、まだ見たこともない新たな可能性に拓かれた自分と出会う瞬間がある。
僕はその自己探究のプロセスが何より好きだ。だから挑戦し続ける。どんなに過酷であっても、どんなに孤独であっても、その先には必ず生きている実感があると知っているからだ。

挑戦の焦点は、常に自分の内側にある。湧き上がる感情に素直であること。逃げたい自分も、弱い自分も、喜んでいる自分も、そのすべてを受け止めること。そうしてはじめて自分という存在を深く理解できるようになる。
これからもEarth Challengeを通して、僕の内側で起きていることを、飾らず、ありのままに届けていきたい。挑戦の先で、まだ見ぬ自分と出会うために。
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